年末年始の催し物というか、近所のデカい通りに屋台が出ている。 屋台はその種別ごとに出展場所が区分けされているわけだが、その中で最も気になったのがお菓子・おもちゃエリア。
お菓子を売っている屋台には、必ずうんこがあるのだ。 大小さまざまな洗面器やオマルに入って売られている。 大きなものになると、子供用のオマル(本物)にモリモリっと盛られているのだ。
おそらく何かしら目的あっての商品だと思うが、全てのお菓子屋台にうんこがある様は尋常ではない。 まったく狂ってるね!!
さて、本日は明日の準備。 綺麗な衣装で年越しイベント・・・。 綺麗な服を持っていないから、持っている中で一番マトモなのを・・・w
自宅で静かに新年を迎えたいんだが、どうやらそういうわけにはいかないようだ・・・。 「郷に入っては郷に従え」 だから、この辺りは仕方が無いのかな。
ところで、去年はどんな年越しだったっけ? ちょっと思い出してみた。 愛犬たちと肉食ってたら年を越してしまってた・・・という感じだったかな。
まあいいや。 過ぎた事はどうでもいいや。
来年も愛犬たちにとって幸せな年でありますように。 生き別れた愛犬たちとも会えますように。 自分の幸せはその次でいいやw
どういうわけか、最近やたら気が重い。
仕事ではなく、プライベートの方が重荷になっているんだから、まったく生きてる心地がしない。 どうも近頃、自分に鬱症状が現れているような気がする。
一般的にうつ病患者への禁句と言われている
「頑張れ」 を言われると、まるで戒められているような気持ちになる。 生きてきた過去と現在の自身を全否定されているような、どうしようもなく暗く虚しい気持ちに。
なぜうつ病患者に言ってはならないのか、身をもって知ったと思う。
自分で自分を 「頑張ってる」 とか 「頑張った」 と言うのは好きじゃないし、他人のそういう話を聞くのも好きじゃない。 自分はひねた奴だとつくづく感じるけど、何かを成し遂げるために・・・いや、生きるために何かしら頑張るのは当然だと思っているから仕方が無い。 それをわざわざ言葉にする必要は無いと思ってる。
どんな人だって、口には出さなくても、頑張ってんだ。
だから、自分だけが恵まれていないとか、辛い思いをしているとか、他人の方が楽な思いをしているとか、怠けているとか、そんな事は冗談でも口にしない。
たとえ自分から見る相手が楽をしているように見えても、自分は相手の全てを知っているわけではない。 相手はこちらに見えない苦難と戦っているかも知れないし、こちらの想像もしない次元で物事を考えている人なのかも知れない。 一方的な価値判断で 「あなたはもっと頑張りなさい」 なんて、親や兄弟でも軽々しく掛ける言葉ではないだろう。(特定の事象における励ましは別として)
人の苦労は誰かのそれと比べるものではない。
「あの人はあなたより大変な思いをしている」
そんな事を比べてどうするか。 「だからあなたもがんばりなさい」?
人にはそれぞれ心の器があって、その器の形状や容量も人それぞれで、同じ物事に対して抱く感情や反応も異なる。 当然、苦難に遭遇した場合のそれも同じく異なる。
下手な喩えになるけれど、健康な人がインフルエンザにかかるのと、老人がインフルエンザにかかるのとでは話の次元が違う。 健康な人にとっても老人にとっても辛い病気に変わりは無いが、資本・土台となるモノ(身体)の作りがそもそも違う。
健康な人に 「薬飲んで安静にしてな」 「飯食って寝てれば治る」 と一般的な対処を挙げるのは普通だが、老人に同じ対処を挙げればどうだろう。 誤った選択と成り得る上、老人が自身の身体の脆さを周知の事実と知っているなら、周りの冷たい対応に心細くなると思う。
おかしな喩えになったが、資本・土台を 「人生観・心根の耐久性」 と置き換え、インフルエンザを 「苦難・試練」 と置き換えて考えれば、まぁ辻褄が合わないという事はなさそうな気もする。
一般論や、自身の資本・土台を前提としたアドバイスを、あたかも正論のように軽々しく並べたり、相手がそれを実行しないとか、それに従わないからといって非難するのは、実に独り善がりなお節介に他ならない。
色々書いたけど、結局自分の言いたい事はと言うと・・・
自分は自分のペースで生きているし、そのための算段をちゃんと練ってある。 他人に頂くアドバイスを無碍にするつもりも無いが、自分の考えを改める必要性も感じていない。 自分がこれまで生きてきたやり方は、きっと自分に一番合ったやり方だ。
だから、お互い穏便に過ごしたければこちらの心を乱すような言動は謹んで欲しい。 干渉されるのは大嫌いだから、遠目に見ていて不安があったとしても、迷惑がかかっていないのなら放って置いて欲しい。 今は近い場所で暮らしているけれど、自分とあなた方とは別の個人、つい最近まで違う国で違う言葉を話し、違う人々と違う価値観で交わってきた他人だから。 そしてそれは、どれだけの時を経ようとも変わらぬ事実で、個々の人格の根底に根付いた確固たる本質だから。
自分は自分の幸せを、自分のやり方で手に入れる。
真紅と水銀燈の馴れ初めを見たけど、あれは真紅が悪い。
そりゃ水銀燈も怒るわ。
そして蒼星石もこれまたひどい。
なんかマグカップとかキャンドルとか棒の入ったやつ。
アロマポット系の何かかな?
文字が読めないから、見た感じ楽しそうだという理由で選んだ。
これは一体何だろう?
値段は16ユーロ。
贈る側にさえわかんないんだから、開けてみてのお楽しみだね!!
昨日、KKがカバンから何かを取り出してコソコソと他の部屋に行った。 「何それー?」 って聞くと、 「内緒!見ちゃだめ!」 と・・・。 何かやましい物かと思って、 「そういう隠し事をしてると嫌いになるよ」 と言ったら、 「亀頭が喜ぶプレゼントだから今は内緒!」 との事。
そうか!プレゼントか!!
見つけ出したくてウズウズしてきた!!
多分ベッドルームのタンスにあるぞ!!
どうやら苦境に陥って違法なビジネスに加担し逃亡中との事。
先日、真夜中に病院へ担ぎ込まれた翌朝、そんな話を小耳に挟んだ。 局部麻酔により下半身のしびれた状態でそんな話を聞きながら、自分は健康でなくとも、馬鹿でもなくて心底良かったと思った。 そして、仕事仲間にとても恵まれている事も痛感した。
わかりきったことだが、資本金もノウハウも無い駆け出しのド素人が、口先だけの青写真で借金背負って大手同業他社の生産フローを真似たところで、それと同等のビジネスモデルを実現させる事はほぼ不可能。 よほどの腕利き・目利きでもいなければ。
今更googleと同規模の検索エンジンを作ったって、Yahooと同規模のポータルサイトを作ったって、Msnと同規模のメールサービスを提供したって、二番煎じが猿真似だけで成り上がれるほど甘くは無いはず・・・。 こんな事、オツムの弱い自分にさえ理解できるというのに、あの馬鹿社長は彼の独壇場でそのビジョンを膨らませていた。
それに失敗したからといって容易に吊るされるような犯罪に手を染めるとは・・・もとよりその程度の策士だったのだろう。 一端の起業家として生きたければ、御託並べる前に頭使えよ・・・w
周りがどれだけアドバイスしても、確信を得られないからという理由で踏み込まない人が多い。 つまり、他人の成功の法則を真似る事こそが、当人の中では正しい選択なんだろう。 これまでに何度もそういう人を見てきたし、話も聞いていたけれど、どうしてもこの手の人とは深く関わりたくないな〜と思ってしまう。
「ヤル気あんなら誠意を見せろ!」 と、親父に殴られた記憶が蘇る。
口だけ達者でも成果や行動がそれに伴ってなければ煙たがられるだけ。 だから自分だけはそうならないように努力を惜しまず生きたいと思う・・・けど、実際自分の場合も成果が伴っていない。
なんか最近、やけにストレスが溜まるな〜。
まぁ、もともと寒い時期は不機嫌なんだけどね。
私生活が充実していないのかなぁ。
なんかもっとスマートに過ごせる環境ないかな〜。
イマイチ生きてる心地がしないわw